神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

「ひとみの日」に『瞳』という映画の話を……

 「ひとみの日」ということで、思い出すのは昔撮った8ミリ映画のタイトル。それは1989年に開催した当映画制作団体イチヱンポッポフィルム第一回上映会において公開した、私にとって“結果”3作目(大学時代を含めると5作目)の『瞳~ひとみ~』というタイトルの映画だ。実は、当初は別の監督が撮る予定だったが、急遽降板して、結局私が企画・脚本だけではなく、代理監督も務めた、という作品である(だからHP上の監督は別名義)。

 

 ストーリーは以下の通り(イチヱンポッポフィルムのHPより抜粋)。

 

 商業高校に通う有希子は、高3の2学期を過ぎても進路が決まらず、担任からは“フリーアルバイター”呼ばわりされる始末。唯一の支えは、親友の倫子と彼女に優しい教師・有島の存在だった。そんな有希子には、子供の頃より奇妙な癖があった。それは御手鞠を手にした浴衣姿の娘の亡霊を見るというものである。しかも彼女はその娘を何故か知っているような気がするというのだ。有希子からそう聞かされても、半信半疑の倫子。そんなある日、倫子が喫煙で有島に見つかるという事件が起こったが、彼女は有島の配慮で謹慎を免れた。同級生の敬子(丸古)は、それは有島と倫子がデキているからだと有希子に伝える。愕然とする有希子は、それでも有島の真意を聞こうと手紙をしたためる。しかしそれを届けに彼女が向かったとき、彼女は人目も憚らず腕を組んで車に乗り込む有島と倫子の姿を目撃してしまう。ショックのあまり人生に悲観した有希子は、「サヨナラ」と置手紙を残して、出て行った。以前三人で植物採集をした山の奥で静かにナイフを手首に当てる有希子。その時、あの亡霊が彼女の前に姿を現した……。

 

 

 このストーリーは、大学時代にSF同人誌の先輩が映画論で撮って、京都のコンクールで入賞した『閉じた目、虚ろな耳で』という作品の影響を受けて、というか“換骨奪胎”して考えだしたものだった。『閉じた目~』では、本当だったら双子として生まれるはずだった主人公の、死んだ妹の霊が彼の耳に宿り、時折彼の前に姿を現しては彼の心を惑わせ、最後は天に召される前に彼に別れを告げる、そんな映画だった。この作品にいたく感動した私は、ほとんどまねるような形で、主人公を吹奏楽部の高校生に設定し、耳を瞳に変えて、『瞳』という小説を書き、大学三年生の時に別の同人誌で発表した。その翌年、実際に映画論を受講し、それまでの物語の発表手段が小説から映像に移り変わっていったんだけど、その後帰広して再び映画を撮り始めた時、団体の新人監督に撮ってもらうため、以前書いた小説『瞳』を、今度は主人公を男性から女性に変えて、背景もクラブ活動から就職活動に変えてから脚本化したのが、本作『瞳~ひとみ~』だったのである。

 

 最近、「広島発ヒロインアクションムービー」をはじめ自作の新作が撮れていないことから、毎年広島市映像文化ライブラリーで実施される「広島映像ショーケース」には、過去の8㎜映画のテレシネ版を上映して頂いているが、本作のような8mm時代のファンタジー作品を観るにつけ、あの頃、大林宣彦監督の作品を追いかけ続けた1980~1990年代の記憶が懐かしく思い出されてくる。今年流してもらった凡そ30年前の作品『シューリンクス』も、意外といい評価を戴いたりして、まんざらファンタジーも捨てたものではないな、って最近思うようになってきた。

 

 まあ、最近は、そんなファンタジーに再チャレンジするようなことをこのブログでも何度か匂わせてきたが、このタイミングで「ひとみの日」を迎えるのも何かの“サイン”なのかもしれない。なんて都合よく考えて、また企画創りにいそしもう(;^_^A

 

※ちなみに、日付が変わっちゃったんで、「ひとみの日」は昨日(;^_^A