神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

桃の節句は「ヒロインの日」(;^_^A

 今日は「桃の節句」、要は「端午の節句」に相対する“女の子の節句”といってもいい。娘たちには家内の実家からプレゼントされたひな人形をそれぞれ持っているが、最近はなかなか飾れていない。それだけ何となく家の中が落ち着かない状況なんだけれど、早く自分自身の手で飾れるように会ったら、なんて願っている。

 

 さて、ここ近年、この日を“女の子の節句”から発想をこじ付け気味に飛躍させて、「女の子」→「女」→「ヒロイン」と繋げて、「3月3日は『ヒロインの日』だ」なんて考えているが、目下のところ賛同者はいないヾ(- -;)  ただこの日が女性にとって華やかな気分になる日であれば、さっそうと活躍するヒロインの姿を夢想するのには適しているかもしれない。

 

 そんなことを考えているような者が始めた“広島発ヒロインアクションムービー”も今年で10回目の「桃の節句」を迎えたことになる。昨年は、新型コロナウイルスの影響をモロに受けて、新たなヒロイン活劇の企画も立たず、ヒロインアクションに特化した上映イベントも2度にわたって延期の憂き目に遭った。もっとも、今年は、まだこのウイルスの猛威は続いているものの、少しは人類もこのウイルスとの付き合い方がわかり始めたようなので、昨年のような隔離的な自粛がなくともある程度予防は可能になってきた。勿論、別にそれが新型コロナ禍に打ち勝ったわけではないけれど、工夫すれば映画観賞も、場合によっては映画制作も可能になってきた、という点でである。

 

 

 そんなわけで、何とか今年こそ、昨年実現できなった「広島発ヒロインアクションチャンピオンまつり」の開催までこぎつけたい。この自称「ヒロインの日」にその決意を新たにしよう(;^_^A

ミニチュアは大好きだ~フィギュアから特撮まで~

 今日は「ミニチュアの日」なんだそうで……

 

 ミニチュアといえば、子供の頃はせっせとミニカーを集めていたような記憶がある。もっともその手の超メジャーというべき「トミカ」が台頭したのはむしろ弟の代で、私の頃はアメリカ直輸入の「マッチボックス」だったかな。この「マッチボックス」という名称、既に私たちの頃にはそうではなかったが、元々本当にマッチの箱にミニカー入れて発売していたらしい。

 

 最近だったら、ガチャガチャのフィギュアかな。近年実にリアルにできていたり、その対象が「昭和世代」の琴線に触れるものばかりになってきたので、今から20年くらい前に必死に集めていた、って「近年」じゃないかヾ(- -;)  進行当時の家内からはかなり呆れられていたけれど……(;^_^A

 

 そういえば、最近部屋の整理をして、過去のフィギュアが大量に出てきたり、年末にビオランテのソフビを年甲斐もなく購入したして、そんなことをここのブログにもあれこれしたためたことがあったっけ(;^_^A

 


  

 

 

 勿論、ミニチュアのいえば、特撮映画におけるミニチュアワークも魅力的だ。昨今はCGの普及で、ミニチュアワークなんて“過去の遺物”のように扱われたり、事実CGに慣れた目で見たら、明らかにそれとわかるミニチュアからイマジネーションを膨らませるのは困難になってきた。しかし、CGは画によるアニメーションと同様、そこに実体はない。まさに“バーチャル”な世界だ。それがいかに見た目リアルであろうとも、そのCGが極められた先には、再び“実体”を求める欲求が芽生えてくるに違いない。その点、ミニチュアは現実にそこに存在する“実体”であることは間違いない。いづれ、そんなミニチュアワークがふあったび脚光を浴びる日が来るることを願っている。

 

 これもまた、部屋の整理で見つかった、相当前にドンキで買った“キンゴジ”のフィギュア。結構シアルである(;^_^A  もっとも、実はこれ、商品名が「フィギュアケース付きネクタイ」なんだよね(;^_^A

“2020年度の”3月1日雑感

 ついこの間迎えたばかりだと思っていた2021年も、もう3ヶ月目に突入してしまったよ(;^_^A やっぱり「年」と「年度」が存在する限り、この感覚はなくならなないんだろうな……

 

 さて今日3月1日は、地元の高校では軒並み卒業式が挙行される日である。それもあってか、通勤時の渋滞は少なかった。3年生以外は登校しない日だからだろう。

 

 

 それはともかく、「卒業」と聞くと、何とも慌ただしい気分になる。「もう年度が替わる時期を迎えたか」なんて感じで。もっとも、この3月に終わりを迎えるのは、あくまで「2020年度」だ。「年」に何の罪もないが、この「2020年」にしても「2020年度」にしても、とりわけ日本では新型コロナウイルス禍でとんでもない時期だった。勿論今もそれは継続しているが、少なくとほぼ無防備でこの猛威に晒されたのがこの年であり年度であったと思う。その点、また状況が改善されたわけではないが、少なくとも、それを踏まえたうえでの積極的な行動も、徐々にとられるようになってきたのが最近の状況ではなかろうか。

 

 無防備なるが故の自粛から、細心の注意を払っての自粛からの「卒業(脱却)」、そこら辺りが、もうすぐ幕を閉じる2020年度からの脱却に繋がるのではないかと思うし、そうなることを切に願う。

口袋餅乾

 すっかり酒呑みになってしまったので、もう菓子なんて食べることはほとんどない。食べても酒の肴かな。そんな訳で、クッキーやビスケットといった類のものを食べなくなってどれくらいたっただろうか?

 

 「ビスケット」といえば、子供の頃覚えた童謡(でいいのかな?)の「ふしぎなポケット」がまず脳裏に浮かぶ。本当にたたけば中の物が増えるポケットがあったらぁ、なんて思う反面、「それって単にボケっトの中のビスケットが、叩いた衝撃で割れて、それで破片が倍になってるだけじゃないのか」なんてうがっとことも考えてたよなぁ……(;^_^A

 

 

 近年では「ウリナリ」でデビューした「ポケットビスケッツ」かな。そのユニット名がまさに「ふしぎなポケット」の歌詞そのものなんだけど、企画もののユニットながら結構ヒットしたのを覚えている。ウド鈴木は、まだキャイーンでブレイクする前に、シネマ愚連隊・高橋亨監督のインディーズムービー『荒野のスキンヘッド』に主演格で出演していたのを観ていただけに、“ポケビ”での彼の活躍は何だか嬉しかったな(;^_^A

 

 

 ちなみに「ポケットビスケッツ」の中国語表記は「口袋餅乾」だそうである。そうなると、ビスケットは「餅乾」ということになうのかな?

 

 というわけで、今日は「ビスケットの日」(;^_^A

方言と“広島発インディーズムービー”

 近年は“広島発ヒロインアクションムービー”と称して、地元・広島をアピールした映画制作を行っている……とはいうものの、平和公園でロケをした『令嬢探偵★モロボシアイ』、消滅する直前の旧広島市民球場で撮った『天使諜報★神宮寺真琴』、呉市の有名な観光スポットで撮影した『特命探偵☆葛城アキ』を除き、“広島発”と胸を張ってアピールできるだけのものがあったわけではない。しいて言えば、登場人物が広島の方言(それもほぼネイティブ)の台詞を話すくらいだ。

 

 

 私が制作・監督した映画の中で、初めて登場人物に広島弁を喋らせた作品は、第6作の『シューリンクス』から。もっともその時は被爆死した少女の精霊と他のキャストとの差別化から、あえて方言の台詞にしたに過ぎない。続いて第10作の『思い出はあしたから』では、全編登場人物の全てに広島弁を喋らせた。この時初めて「オール広島弁の広島発ムービー」を意識して台詞を考えた。今までかしこまって標準語を喋っていた自作映画のキャストにいきなり広島弁を喋らせたので、若干の違和感があったが、劇場映画やドラマで関西弁や九州弁の台詞がごく自然に使われていることを観るにつけ、広島弁が自然に使われる映画があってもいいのでがないか、と常日頃から考えていたので、この映画は一つの“実験”としては有効だったかもしれない。実際本作は「ひろしま映像展」で入選を果たしたし、それが縁で初めて他県の上映イベントに出品のオファーをいただいた作品となった。

 

 

 

 その後、第12作の『むてっぽう。』や第15作の『AGAPE』で同様に“広島弁オンリー”の作品を作り、その流れで“広島発ヒロインアクションムービーの制作に取り掛かることとなる。

 

 

 

 ご存じのように、広島弁といえばまっさきに『仁義なき戦い』に代表される実録映画・仁侠映画といったものの中に登場する、実に攻撃的で荒っぽい言葉のイメージが浮かんでしまいがちだが、近年スマッシュヒットを遂げたアニメ『この世界の片隅に』で出てきたように、女性の優しく人懐っこい台詞としても実に印象的である。個人的には若い娘がはにかんで「うち」と自称するシチェーションが一番素敵だと思っている。

 

 

 

 最近、広島はロケ地としてもてはやされるようになり、そんな中、『鯉のはなシアター』『恋のしずく』『おかあさんの被爆ピアノ』といった広島舞台の“広島ムービー”が立て続けに全国展開で上映されるようになってきた。また、ドラマ『ワカコ酒』や草彅剛主演の映画『ミッドナイトスワン』のように、ロケ地やストーリーに関係ない“裏設定”で広島が扱われる(主人公の出身地とか)ことも多くなった。いつの間にか、広島も特殊な一地方都市ではなく、大阪や名古屋や福岡のように、普通にドラマ・映画に登場する街・人になっていったようだ。

 

 それ故、先だってのリモート配信イベントで流したオープニング映像にも出てきた「広島から全国へ」を意識している当映画制作団体としては、これからも、敢えて広島の方言に拘った映画作りを目指していきたいと思っている。そしていつかは“荒っぽいヤクザ言葉”ではない広島弁を全国の人に認知してもらえたら、と願っている。

ワンダーウーマンはなぜ鎖に繋がれるのか~「ワンダーウーマン 秘密の歴史」読破中~

 先日も話題にした、アクションヒロインの金字塔『ワンダーウーマン』。その“誕生”のいきさつについて記述した「ワンダーウーマン 秘密の歴史」(ジル・ルボール 著 鷲谷花 翻訳)という本を読んでいる。この本は、ハーバード大学の教授が書いたもので、ワンダーウーマンの誕生秘話といいながら、その殆どがワンダーウーマンではなく原作者ウイリアム・モールトン・マーストンの人となりや、彼を取り巻く人間模様について、彼の幼少期から時系列に描いた内容で、もう半分以上読み終えたが、まだワンダーウーマンの誕生までたどり着いていない。しかし今まで読んできた内容だけとっても、いくつか「ワンダーウーマン」の“IF”について答えが用意されていた。

 


 原作者のマーストンは、今でいうところの「嘘発見器」の開発に深くかかわったことで有名な人物である。ワンダーウーマンの有名な武器に「真実の投げ縄」(Lasso of Truth)という不思議なアイテムがあるが、どうもそのアイディアは、彼が心血を注いだ「嘘発見器」にそのルーツがあるらしい。また、彼や妻であるホロウェイ、そして、奇妙な同居人となるオリーヴ・バーンも含め、皆フェミニストとしての一面を持っており(オリーヴの場合、実母や叔母の影響で)、ワンダーウーマンは男たちを惹きつけるセクシーなヒロインとしてではなく、女性の解放を目指すフェミニストの代表という側面を持っていたようだ。

 

 ここまで書くと原作者のマーストンはなかなかの人格者のように見えるが、読み進んでいくうちに、彼の化けの皮がはがれていくというか、実は人間性を疑いたくなるような人物であることが炙り出されてゆくこととなる。

 

 マーストンは学生時代から「嘘発見器」の研究に没頭し、それなりの試作機を開発するものの、彼のフェミニストぶりとは対極の思想の教授に冷遇されたり、自作の「嘘発見器」での調査結果が裁判に採用されなかったり(その上、裁判官からは研究自体を法廷で否定されたり)するなどの不遇時代を送ったが、反面、仕事も長続きせず、家計を妻のホロウェイが一気に引き受けるという生活を送っていた。しかも、講師時代の教え子であるオリーヴ・バーンを妻と暮らす家に同居させ(それを妻に納得させ)、あろうことか彼女との不倫の果てに私生児を出産させるという破廉恥な行為を行っていた。その結果、マーストンは研究と称して自堕落な生活を送り、ホロウェイとの間に生まれた2人とオリーヴとの間に生まれた2人の、計4人の子供をオリーヴが育児し、ホロウェイがかっを支える、という極めていびつな家族生活を送っていた。またマーストン自分の「嘘発見器」を売り込むために、過度なるロビー活動を続けるのみならず、「嘘発見器」の開発者にあるまじき、平気で虚偽発言や虚偽記録を捏造するなど、問題を抱えた人間だった。最初は不遇な天才として同情的に読み始めていたのに、読み進めば読み進むほどマーストンの欠陥だらけで非常識で独善的な人間性はかり目立ち始め、ドキュメンタリーとはいえ、すでに彼に感情移入できないくらいになってしまった。そんな彼を放置したままの2人の“妻”たちも同情に値しないし(子供たちは反抗的)、こんな人たちの手によって「ワンダーウーマン」のキャラクターが確立されたのかと思うと、暗澹たる気持ちになってしまう。

 

 ただ彼らに共通して、前述のごとく「フェミニズム」の精神と、それ以上に「男女平等」を超えて女性こそ男性に勝るという考え方を抱いていて、その部分こそ彼らの“良心”とも言え、それが「ワンダーウーマン」の思想の根底にあるのだと思えは、多少なりとも納得はできるのだが。

 

 そこで表題の「ワンダーウーマンはなぜ鎖に繋がれるのか」について。リンダ・カーター版TVドラマにおいて、彼女は何度も鎖につながれてしまう。特にヒロピン度の高いエピソード「華麗なる逆転(The Nazi Wonder Woman)」では、彼女は縄による拘束の上、ご丁寧に鎖まで掛けられている。また原作(コミック)のワンダーウーマンはそれ以上に、鎖の戒めを受けることが多い。それはある種徹底している。

 


 しかしそれも、興味本位のヒロピンやボンテージ的な側面ではなく、当時アメリカの女性が男性と同様の権利を認められなかったことの比喩として「鎖につながれた女性」と呼んでいたことに起因する。女性は結婚や出産という鎖に縛られ、男性に隷属することを強要されるような、当時の社会を象徴したのが、女性を(そしてコミックではワンダーウーマンを)拘束する鎖だったのだそうだ。

 

 マーストンたちが生きた時代は、今からは考えられないくらい、アメリカ合衆国で女性の権利は踏みにじられていたらしい。それは現代においても、表向きは女性解放の先駆者的な立場を標榜しながら、前々回の大統領選で、初の女性大統領の期待が高まったヒラリー・クリントンが結局“ガラスの天井”を打ち破れなかったように、本当は未だにアメリカ社会の根底に女性の社会進出を望まない思想が根強く残っていることの証なのではなかろうか(その時彼女を破って大統領になったのがあのトランプで、4年後の選挙で男性候補のバイデンに任期半ばで敗北した事実も、ある種象徴的である)それ故、その戒めの鎖をワンダーウーマンが引きちぎることこそ、女性解放の象徴だったのである。ちなみに不思議なこと、女性監督でもあるバティ・ジェンキンス監督による映画版『ワンダーウーマン』で、ガル・ガドット演じるワンダーウーマンが鎖の戒めを受けるシーンはなかった(だったよね?)

 

 ただ本書を半分程度しか読んでいない状況で結論を出すのは難しいし、ある種無責任なことである。また上記の例に挙げた大統領選に関しても、様々な異論はあるだろう。それ故、これから読み進めるにつれて、また新たな事実が判明するかもしれないので、その折には、改めて考証をしていきたい。もっとも、英語の文章の和訳なんで、ちょっと読みづらいところがあって、なかなか読み進められないきらいがある。とはいっても、翻訳は、かのヒロインアクションファンにとっては“バイブル”的な名著「戦う女たち 日本映画の女性アクション」の著作者でもある鷲谷花氏なんだよね(;^_^A

麗しのリンダ様!!

 新型コロナウイルス禍の煽りを受けて再三にわたる延期を繰り返した『ワンダーウーマン1984』も昨年12月18日に、ようやく劇場公開された(しかも本国アメリカよりも先行公開!)。それからもう2カ月以上が経過し、上映も終了したようなので、そろそろ抑え切れない感情を吐露したい(;^_^A

 

 

 この件については、すでに『ワンダーウーマン1984』のwikiでも“ネタ晴らし”されているので、もしかしたら周知のことなのかもしれないけれど、本作の物語が一応完結した後の、ミッドクレジットシーン(エンドクレジットの途中に挿入される映像)に、とんでもないシーンが登場した。

 クライマックスの戦闘で、ダイアナことワンダーウーマンガル・ガドット)はゴールドアーマーを身に纏って戦うが、それはかつてアマゾン族を解放に導くために戦った伝説の女戦士「アステリア」がその時に身に纏っていたものであった。そんなエピソードがクライマックスに至るまでの過程で紹介されるんだけれど、その「アステリア」が先のミッドクレジットシーンに登場する。そしてそれを演じたのが、な、なんと! リンダ・カーター御大その人だったのである!!( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚) 最初後ろ姿で登場するし、ヘアスタイルもガル嬢のそれと似通っていたので、てっきりこの後ろ姿はダイアナか、ガルによる別キャラの“ボディダブルだと思い込んでいた。それが振り返った瞬間の衝撃といったら………!! 胸が締めつけられるような、息苦しいまでの感激に包まれたね! まさにこの瞬間を待ち望んでいたんだ!って思いで………(;^_^A

 

 

 我々の世代にとって、「ワンダーウーマン」はどうしてもリンダ・カーターである。あの、“鉄腕美女”にしてはいささかぽっちゃりした、それ故性的魅力に満ち溢れたリンダ嬢が、かの刺激的なコスチュームに身を包み、「虫も殺さない」ような表情のまま、ムービーマジックによって超人的なパワーを炸裂する、そんな彼女に惚れこんで幾星霜……すでに御年69歳の彼女に再びワンダーウーマン役を期待することはかなわないが、ガル・ガドット主演による一連の映画版『ワンダーウーマン』に、何らかの形で絡んでほしいって、ずっと願っていた。同じDCコミックの『スーパーガール』にはアメリカ大統領役で出演してるんだから、きっと無理な相談ではないはずだし、彼女が今の『ワンダーウーマン』に絡むことで、正式に「ワンダーウーマン」の称号がリンダからガルに継承されることにもなる、って思っていたもの。それにしても、往年の女戦士として、そしてゴールドアーマーをダイアナに“継承”するキャラクターという、この上ない役柄で映画版の世界に関わってくれるなんて……バティ・ジェンキンス監督の粋な計らいには、心の底から感謝したい(^^)

 

 

 それにしても、メイクやCGの効果もあろうが、リンダ・カーターは69歳という年齢を感じさせない表情で、短い時間ながら「アステリア」を見事に演じ切っていた。その表情に、私は往年のテレビ版「ワンダーウーマン」の姿を確実に感じ取ることが出来たよ。この瞬間、時間は見事に巻き戻された(;^_^A

極めて少ない我がスキー体験

 スキーを始めて体験したのが高1の冬で、最後に体験したのが高2の冬。自治は我が棒鋼は当時、高校・幼稚園・スキー場を経営している全国でも珍しい学園グループで、そのこともあって、在校生には高1高2の冬に「スキー実習」がカリキュラムとして組み込まれていた。

  

 貸し出されるのはスキー用の一式だけでウエアは自前のものを要しなければならず。結局私の場合には下だけスキーパンツ(って名称でいいのかな?)で、上半身は普通のジャンバー着て実習に参加したものだった。

 
 指導のおかげで何とか滑れるようになったが、何故か何回やってもリフトからうまく降りられず、慌ててスキー板を外してもがくように下車したことを覚えている。

 
 ちなみに、今では件のスキー場は閉鎖され、幼稚園も廃校………もう高校しか残っていない。そんなわけで、私にとって唯一滑ったことのあるゲレンデも、今は存在しない。まあ、あれからウン十年も経ってるからね(;^_^A  だから、クロスカントリーどころか、普通に滑ることさえままならなかった、っていうのが我が実情だ(;^_^A

敢えて「大風呂敷を広げる」

 今日2月23日は「ふろしきの日」。「ふろしき」っていえば、例年、年の初めに「大風呂敷を広げる」ように、あれこれと目標を挙げたりしていることがまず脳裏に浮かぶね(;^_^A

 

 その主な内容が「新作を撮る」とか「上映イベントを開催する」とか、何の根拠も裏付けもない中での、勝手に“景気のいい話”ばかりなんだけど、例年ならばそのうち一つぐらいは実現したものだった。しかし新型コロナ禍に翻弄された2020年は、こと映画に関しては、全く実現することがなかった。まあ、映画というものは撮るにしても観るにしても「三密」はある程度避けられないし、また集団が揃わないとできない活動だ。邦画やハリウッドの大作でさえ。撮影延期や上映延期が相次いだんだから、致し方ないことなんだろうけど……

 

 

 そんな新型コロナ禍は一向に収束の兆しが見えない。しかしこの2021年は当映画制作団体イチヱンポッポフィルムの記念すべき結成35周年なんで、何とか記念映画・記念イベントを実現させたい。そのためにも、どこかで思い切った(勿論無茶にならない程度で)アクションをしていかなければならないだろう。

 

 

 そんなわけで、今水面下で実際に“今後”に向けての行動に着手している。軌道に乗ったら、また紹介していきたいけど、まずは「大風呂敷を広げる」ところから(;^_^A

「ザ・グレート・カブキ」は高千穂明久

 去る20日は「歌舞伎の日」だったそうだが、プロレスファンとしては、「歌舞伎」といえば勿論「ザ・グレート・カブキ」!!(;^_^A 彼の存在なくしては、後の「ケンドーナガサキ」も「ミスターポーゴ」も「ざ・グレート・ムタ」も誕生しなかったといっていい、アメリカマット界で反日感情をあおるステレオタイプの日本人レスラーからの脱却を果たした、まさに“東洋の神秘”の先駆けだった。

 

 そんな「ザ・グレート・カブキ」の正体が、今や崩壊して半世紀が経とうとしている“力道山”ゆかりの日本プロレスにおいて、最後にUNヘビー級のベルトを巻いて、且つNETによる日プロ最後のテレビ中継の“トリ”を務める羽目になった高千穂明久であることを知る者は、今やどれくらいいるだろう……(っていうか、「ザ・グレート・カブキ」自体知ってる?ヾ(- -;)

 

 昭和プロレス史に大変興味を持っているが、本当に物心ついてプロレスを理解しながら感染したのは70年代後半。それ故その前の力道山の死から始まる、その妻・百田敬子氏の日プロ継承と、豊登芳の里遠藤幸吉吉村道明といった“ダラ幹”トロイカ体制による追放劇、そして分裂による東京プロレス国際プロレスの誕生、東プロ猪木の日プロ復帰とクーデター騒動による解雇劇に端を発した新日本プロレスの誕生、日テレとNETとの“代理戦争”に巻き込まれての馬場独立(全日本プロレス旗揚げ)、そして日プロ・坂口と新日・猪木との合流によるNETの日プロ中継打ち切りによる日プロ崩壊へと続く、昭和39~43年までの日本プロレス界の醜聞に、今とても関心を持っている。

 

 経営難でありながら、新日との合併を頑なに拒否した“ダラ幹”と大木金太郎一派は、当時の大エースだった坂口征二ら合併推進派を追い出し、その結果唯一の収入源といっていい放映料を払い続けたNETに見放され、一気に崩壊を遂げてしまう。しかしそんな事態にも相変わらず高をくくっていた彼らは、対バレンタイン戦で坂口が半ば“放棄”したUNヘビーのベルトを高千穂に奪取させ(ここら辺の目論見やいきさつが、まさにプロレス=予定調和のショーであることを露呈している)、坂口に替わる新UN王者として売り込もうとしていた。要は大エースの坂口の代わりは高千穂で務まるという甘すぎる考えだ。しかしその栄えある戴冠のシーンが、日プロを崩壊に導いたNET放映終了の狼煙だったわけだ。

 

 

 その後、高千穂は全日本プロレス所属となり、海外に遠征、その後全日プロとアメリカを行き来しながら、1981年に「ザ・グレート・カブキ」に変身、くさび帷子のコスチュームとヌンチャクというアイテム、そして毒霧というギミックを有して大ブレイク、日本に凱旋した。しかしファイトスタイルは違っても、得意のアッパーブローは健在で、その後も長く活躍した。

 

 私は全日時代の高千穂明久は知っていたが、当初はカブキ=高千穂とはわからなかった。今思えばすぐにわかりそうなものだけど(;^_^A

 

 いずれにしても、日プロ崩壊について書かれる際、頭に包帯を巻いた大木金太郎が、社長の芳の里と日プロ選手の面々、そして百田敬子氏と並んで“ギブアップ”の記者会見をしている写真と共に、決まってNET最後の中継における、UNベルトを巻いた高千穂の笑顔の写真が決まって記載される。この高千穂の笑顔と、その直後に訪れる日プロ崩壊の悲劇とのコントラストが、いつ見ても何とも切ない。