神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

AKB(ASG)と「ヒロインアクション」

 『リンキング・ラブ』のクライマックスで、劇中1991年に青山星陵学院大学の女子大生で結成された“ASG16”は、26年前の時代にAKB48の曲を披露するわけだが、そこでラインナップされたのが「Every day,カチューシャ」「フライングゲット」「恋するフォーチュンクッキー」の3曲。そんな中、「恋するフォーチュンクッキー」でセンターを務めるのが、本作の主人公・美唯(田野優花)の“未来の母親”真塩由美子(石橋杏奈)であることは実に興味深い。なぜなら、劇中彼女は「大学ミスコンテストグランプリ」を獲得するほどのルックスの持ち主だからだ。

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 言うまでもなく、「恋する~」の歌詞は、引っ込み思案でルックスに自身のない女性の一途な恋心をストレートに表現したものだ。対して由美子は、たとえ恋い焦がれる茂手木健一郎(白州迅)の気を引くためとはいえ、ミスコンにチャレンジするくらい活動的な娘で、当然自分のルックスにも自信を持っていたはず。それがステージで「地味な“花”は気付いてくれない~♪」とか「ルックスがアドバンテージ~♪」とか「いつだって可愛い子が人気投票一位になる~♪」なんて“カマトト”ぶった歌詞をケロっと歌い上げるんだから、それこそアンバランスの違和感は拭えない。

 それを言うならば、「フライングゲット」なんてまさにその最たるもので、この歌詞は、モテない男の恐るべき「誇大妄想」に過ぎず、それこそ南海キャンディーズの“山ちゃん”辺りがネットリと歌い上げる方がお似合いだ。それを美女の集団がいかがわしいくらい煌びやかな衣装を身につけ、扇情的な振り付けで合唱する(これは“ASG16”でもオリジナルのAKB48でも変わらず)のだから、こちらも違和感ありありだ(;^_^A

 しかしながら、この「アンバランス」「違和感」こそが、これらの楽曲の“絶妙な味”になっているのは間違いなく、男たちの邪な願望や感情、そして女性に対する一方的な“都合の良い”思いこみをストレートに歌詞にし、しかもその対象となるべき“虫も殺さないような可愛らしい娘たち”(この“娘たち”ってのがポイント。特定の誰かを感じさせない分、却って妄想しやすい!)に歌わせるという巧妙なテクニック! 流石“アベ友”で国民を牛耳ろうとする策士・秋本某の面目躍如であるヾ(--;)ヾ(--;)

 それはともかくとして、この方法論・方程式は、実はそのまま「ヒロインアクション」というジャンルにも当てはまる。本来ならば腕力に勝る男に任せておけばいいはずの戦闘のフィールドに、敢えて非力なはずの女性を送り込んでしまうのが「ヒロインアクション」の特徴だ。それも決して“男女平等”の見地による「フェミニズム」の立場からではなく、「戦う女性がカッコイイ」「女性が巨漢を倒してしまう『アンバランス』の妙に萌える」といった男たちの邪な願望(欲望)に起因している部分が強い。

 そうなると、皮肉にも、本当の意味で力関係において女性が男性を凌駕した瞬間、「ヒロインアクション」というジャンルは消滅してしまうだろう……なんてね(;^_^A