神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

『HA・NA・TA・BA』は時空を超えた横光文学の“完コピ”

 学生時代、ゼミで指定された作家文学をグループで研究発表するってのが最初にあって、我々のグループに与えられたお題は「横光利一」だった。一応テーマは横光の代表作『機械』における“四人称”の考察だったんだけど、メンバーはみな同じ文庫本を購入することとなった。もともと横光作品はどれも中・短編で、それ故一冊の本にまとめて掲載されていることが多く、私たちが購入した新潮文庫本のタイトルも『機械・春は馬車に乗って』だった。ちなみに発行は「昭和五十七年一月十日二十二刷」とある。

 

 

 その後、この文庫本は後生大事にとってはいたが、表題の『機械』と結構お気に入りだった『ナポレオンと田虫』以外はほとんど読んだ記憶がなく、もう一つの表題『春は馬車に乗って』もスルーしたままだった。 

 

 それがこの度、先日ここで書いたように、『学園特捜☆伍代聖羅』でヒロインを務めた山内美沙希さんの出演(主演)した短編映画『HA・NA・TA・BA』に触れた際、本作が件の『春は馬車に乗って』をモチーフにした(というか現代に置き換えた)映画であることを知り、ウン十年かぶりにこの文庫本を引っ張り出し、38年ぶりに本作を読んだ次第である(;^_^A まさに往年の角川商法「読んでから観るか? 観てから読むか?」である(;^_^A 

 

 さて実際に『春は馬車に乗って』の読後に改めて『HA・NA・TA・BA』を観賞すると、なるほど、実に忠実に再現されていることを知った。原作は、横光利一の内縁の妻(死後入籍)であった小島キミとの闘病生活をモチーフにしたフィクションで、作家である主人公の夫と当時不治の病といわれた結核を病んだ妻とのやり取りが物語の中心になっている。二人の生活や、妻の医療費をねん出するために少しでも多くの作品を執筆しなければならない夫と、そんな夫に寂しさと死への不安からやたらと八つ当たりを続ける妻のという双方の葛藤が前半描かれているが、それにしても理不尽な態度の妻と、彼女に対して一歩引いた冷静かつ冷淡な夫の言動が、双方の本心が垣間見られるだけに読んでいて何とも傷ましく、救いのない会話が延々続けられる。同じ屋根の下の書斎に籠ることすら許せない妻と、それでも執筆を続けなければ妻を救えない夫のいたたまれない思いが交錯して物語は進行していくが、やがて夫が、妻に添い寝して同じ病に感染し死んでしまえばいいとの結論に達した途端、妻は急に自分のわがままを恥じ、自らを達観しながら、彼への八つ当たりを止める。その間も彼女の病は刻一刻と進行していき、ついに医者からも見放されてしまう。そんな折、彼女の許に花束が届けられるのだが……という展開を迎えつつ、物語は何かしら大きなクライマックスを迎えることなく静かに終わってしまう。「死」という悲劇的なカタルシスさえ描かれない終わり方も、横光利一の実体験に基づいた小説だから、実際のところ、こんな形で小島キミを静かに息を引き取ったのだろう。 

 

 さて、この設定を現在に置き換えた『HA・NA・TA・BA』では、妻の病は末期癌で、やはり余命いくばくもなく、夫の方は作家ではなくエンジニアで、妻の莫大な医療費を稼ぐために、単身赴任でベトナムホーチミンでの一大プロジェクトに関わる、という設定に変えている。だから原作とはけた外れに離れ離れの状況を、ネットによるリモート会話で埋めるという、昨今の、そして新型コロナ禍の世相すら反映したユニークな発想で描いている。だが、今回原作を読んだ後で感じたのは、設定を現代にしながらも、セリフ回しを含め、まんま『春は馬車に乗って』を完全に再現しようとしていることがうかがい知れた。実は初見で夫役の俳優のセリフがあまりのも朴訥で、失礼ながら「感情がこもっていないなぁ」なんて感じたのだが、これって、原作の達観したセリフをそのまま言わせているから、役者の技量云々ではなく、そういう演出意図だったことに気づいた。また妻が医療的効果とは別の嗜好で鳥のモツしか食べないとか、苦しむ彼女の胸・腹を夫が必死で擦る辺りも原作に忠実だった。そういう意味では、時代背景と二人の設定は異なるものの、この『HA・NA・TA・BA』は、『春は馬車に乗って』の“完コピ”作品といっていいかもしれない。勿論、ここまで時代も設定も異なる中、セリフだけは驚くほど原作通りってのは、どうしても無理や矛盾が生じてしまうものだけれど、それでも敢えてそこに拘った監督の心意気は、その意気やよし、っていったところだろうか。そう思ってみると、当初は理不尽さを感じた双方のやり取りも納得がいくし、私自身はどうしても“妻”の哀れさ、儚さに同情し、夫の言葉を選べていない冷淡さに反目したんだけれど、原作の世界観を知ると、逆に夫に同情する気持ちもわからなくもなくなった。

 

 

 

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 いずれしても、当時川端康成と共に「新感覚派」の旗手でありながらマイナーなイメージが付きまとう横光利一の作品を、ここまで忠実に再現した監督のこだわりと、それによって本作が日の目をみたことを、嬉しく思いたい(^^)  また、個人的にはそんな題材と役柄を得て、原作通りの妻像を、エキセントリックに熱演した山内美沙希さんの姿に精一杯のエールを送りたいと思う。