神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

高島忠夫~東宝特撮の、昭和の顔~

 これも虫に知らせだったのか……

 先日CSで録画した『キングコング対ゴジラ』を再生して、家内からは「またね」とからかわれ、娘たちはメインタイトルにもなっているファロ島原住民の歌を「もう覚えた」って口ずさまれ、当の私もそら覚えで「あのぉ、空振りの三振、ってのもありますよ」「「ノックもトスバッティングもあるもんか!」「釣るんです! 釣って空を運ぶんです!」等々の劇中のセリフを諳んじたりしていたモノだ。

 そこへ今回の訃報……ショックだったね………勿論本人を知らない娘たちも「ほら『僕のより恋人のビフテキの方が大きいじゃないか』の人」って言ったらすぐにピンと来たみたいだ。

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 「この情熱、このスタミナ、活動の原動力は『パシン』!」って劇中のCMで颯爽とドラムを叩く躍動感溢れる姿を、遂今し方拝見したばかりなのに………変化球ながら『明治天皇と日露大戦争』(新東宝)の乃木将軍の戦死する息子役や『海底軍艦』の旗中カメラマン、『フランケンシュタイン対地底怪獣』の川手博士(この姓は拙作『天使諜報★神宮寺真琴~狙われた生徒会長~』でも拝借させてもらった)、そして最近東宝チャンピオンまつり版で拝見した強面の楠見博士などの印象が強い。ゴールデン洋画劇場の解説も、「月曜ロードショー」の荻昌弘、「水曜ロードショー」の水野晴男、「土曜映画劇場」の児玉清と共に、昭和を彩った“民放洋画枠”の一員としてとても印象深かった。

 母親似の息子たちの活躍もめざましかったが、不幸にして殺害された彼らの亡き兄は、思えば私と同じ“東京五輪”生まれだったんだなあって、今更ながら思いを馳せてみる。まあ、何といっても波瀾万丈の人生だったと思うけど、あの世で長男と再会できたらなんて考えると、まずは大往生だったのかも知れない。

 でも来年に件の『キンゴジ』のハリウッドリメイク『Godzillavs』が公開されるだけに、是非“オリジナル”の主役”としてコメントしてほしかった……オリジナルのキャストは、彼をはじめ、藤木悠有島一郎田崎潤平田昭彦も根岸明美も小杉嘉男も田島義文も沢村いき雄も堺左千夫も大村千吉も、そして中島春雄も、既に鬼籍に入ってしまったし……合掌



 俳優の高島忠夫さんが老衰のため26日13時1分に自宅で死去した。88歳。所属事務所が28日にファクスで発表した。通夜・葬儀告別式は遺族の希望により27日に「家族のみで密葬を執り行った」としている。
 所属事務所はファクスで「妻・寿美花代の『最後は家族で見送りたい』という希望により、6月27日に家族のみで密葬を執り行いました。尚、お別れ会などの開催の予定はございません」と報告した。
  高島さんは、1951年に映画会社新東宝ニューフェイス「新東宝スターレット」の第1期生として芸能界入り。翌52年、映画「恋の応援団長」でデビュー。同年に「チョイト姐さん思い出柳」で初主演し、以後新東宝で主演級の歌うスターとして活躍した。
  妻で女優の寿美花代とは寿美が司会のテレビ番組「季節のミュージカル」にゲスト出演したことから知り合い、2年間の交際を経て63年に結婚。64年に生後5カ月の長男・道夫くんを当時17歳の家政婦によって殺害されるという事件に見舞われたが、悲劇を乗り越え、現在は俳優として活躍する次男・政宏、三男・政伸をもうけた。
  糖尿病、アルコール依存症のほか、71年から続けて愛着のあった仕事である「ごちそうさま」の司会交代や母親の入院などがきっかけで、98年に重度のうつ病を発症。また、パーキンソン病や、2010年には不整脈のため心臓にペースメーカーを取り付ける手術を行うなど、病とも闘い続けた。
  ▼高嶋政宏のコメント 病院からの、あと5分後にご家族集まってください!のエマージェンシーコールが頻繁にあるようになったのが2年前。その度に全身が総毛立つような感じにはなりましたが、ここ数ケ月、寝たきりの状態が多くなり、呼吸も弱まり、母曰く最後は眠るように旅立っていった、のがせめてもの救いです。マスコミそして父のファンであった皆様、報告が遅くなりましたことお許しください。ありがとうございました。
  ▼高嶋政伸のコメント 父は、最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、大好きだったフリオの歌声に包まれて、本当に穏やかに旅立ちました。このような穏やかな最期を迎えられましたのも、長きにわたり父、高島忠夫を応援して下さった皆様のおかげだと思います。心より感謝を申し上げます。


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