神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

『HOUSE』の池上季実子に、平成女優の面影を観た……

 先日、大林宣彦監督について言及したからか、ふと気になって監督の映画デビュー作『HOUSE』に思いをはせてみた。

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 昨年末の「24時間丸ごと 映像の魔術師・大林宣彦」で放映された『HOUSE』を録画していたので、それを垣間見ながらいろいろ思いを巡らせてみたんだけれど、やはりその極彩色でどぎつい映像には毎度のことながら頭がクラクラする(;^_^A  何というか、コンピュータグラフィック(CG)という映像技術が誕生する前に、限りなくCGで描く世界観に近づけようと目一杯「チャレンジ」した作品であると改めて認識。もはや第一級の「特撮映画」といっても過言ではないサービス満点の仕上がりだ(事実、朝日ソノラマ刊「大特撮」の中でも紹介されていたし……)。

 そんな極限の特撮アートの中で無慈悲に殺されていく、当時「ハウスガール」と呼ばれた少女たちがやはり儚く見えてならなかった。主人公クラスのオシャレ(池上季実子)以外、何の因果も背負っていないのに、ただただホラー映画における「名もなき第一被害者」のように死んでいくのはあまりにも哀れで、それまでの彼女らの天真爛漫であっけらかんとした姿が描かれているだけに、その悲劇性は募る。そう言えば、ガイラこと小水一男監督が演出した「VZONE」ホラームービー『GUZOO(グズー) 神に見捨てられしもの』でも、『HOUSE』同様、友人の知り合いの別荘に避暑にきた仲良し女子校生4人組が、こっちの方は家(伯母)ではなく、そこで幽閉・研究されていた謎の生物に食い殺される(だが2人は生き残る)というシチュエーションだったんで、もしかしたらその企画時に『HOUSE』を参考にしたのかも知れない。

 ショック映像に、小気味よいギャグ・パロディーの連打、目を奪うばかりの特殊効果といった、刹那的な映像・物語が積み重ねられていく辺りは、流石「CMディレクターおして「映像の魔術師」の異名を誇った大林監督の面目躍如、とういったところだろうか(;^_^A  とにかくこの感性は、一歩間違えばアート系自主映画になりかねないものだが、それを劇場公開映画に仕上げたその手腕は、今も特筆すべきだろう。きっと誰にも真似できないと思う。

 それにしても、前述の「ハウスガール」には、池上季実子を筆頭に、神保美喜、ぞして後にブレイクする大場久美子など、蒼々たるメンバーが名を連ね(特にスィート役の宮子昌代は、何とその当時、後に実現する『さびしんぼう』の主人公役の候補だったらしい!)、冒頭セーラー服姿の彼女らが横に並んで語り合う姿は実に初々しい。それ故、その後の彼女の身に降りかかる災厄を考えると、何とも胸が痛んでしまう……それはラスト、池上季実子のPVのような映像から始まるエンドロールの中で、アニメーションのHOUSE映像の両サイドに、実にあっけらかんとした彼女らの(生前の)姿が映し出される場面でも同様に感じてしまう。何とも罪作りなエンディングだ(;^_^A

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 ところで、今回観賞して気付いたんだけれど……このオシャレ役当時の池上季実子って、今をときめく石原さとみに面影がそっくりじゃないかな? これは意外な発見だったよ(;^_^A  となると、年齢設定は上がってしまうけど、オシャレを石原さとみにして、羽臼香麗(南田洋子演じるオシャレの伯母役)を現在の池上季実子が演じたら、『HOUSE』のリメイクが出来るじゃないか、なんて妄想を考えてしまったよ(;^_^A  もっとも本作の続編はその10年後に企画され、結局頓挫したらしいから、無理か……(;^_^A

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