「すでにギラギラしていた男」逝く……
嗚呼、言葉が出ない………………………………
かなり重い病気を患っていて、余命幾ばくもない、という報道は目にしたことがあった。しかも延命よりも主演のドラマにかける熱い思いも読んだような気がする。しかし……現実に訃報を聞くと、何とも気持ちの整理がつかない。最近いくつかの訃報を目にしたけれど、それにまさる虚無感に今さいなまれている。
晩年はテレビの「十津川警部」「夜明日出夫」役がすっかりなじんで、正義感溢れる、それでいて庶民派の役柄をしっかり演じていたけど、元々は、それこそ“ギラギラ”した刃のような俳優だった。『仁義なき戦い』シリーズ終結後、かの“文太兄ぃ”の跡を継いで東映実録路線を牽引してきた冠俳優には、彼をはじめ松方弘樹(『脱獄広島殺人囚』『北陸代理戦争』)、北大路欣也(『資金源強奪』)が並んであげられるが、松方弘樹は破天荒な“ぎらっぎら”ってイメージだったし、北大路欣也は“ギラギラ”というよりは若かりし頃のアブラギッシュな“キトギト”という方がしっくり来る。それらに対して渡瀬恒彦は、暗い無表情に眼光だけが鈍く“ギラギラ”輝いている、そんな印象を受けるくらい、文字通り“鞘のない刀”のごとき役者だったと思う。
実際、彼のフィルモグラフィーを見ても、『不良番長』シリーズに『実録 私設銀座警察』『狂った野獣』『暴走パニック大激突』『恐竜怪鳥の伝説』と続く、まさに“刃”だった東映作品群がある。その後も“角川映画”の常連として、思いつくだけでも『戦国自衛隊』『復活の日』『セーラー服と機関銃(オリジナル)』から『REX 恐竜物語』までこなし、テレビでも前出の『十津川警部シリーズ』『タクシードライバーの推理日誌』に至るまで何とも幅広く、且つなじみのある作品ばかりだ。
そんな中で、個人的に一番好きなのは何といっても『暴走パニック大激突』での山中高志役だ。映画の構造自体破天荒な“パニック”状態の中、時折人情臭い優しさは垣間見させてくれるものの、全編狂犬の様に暴れ回る。特にクライマックスの身体を張ったカーチェイスは出色だった。また『恐竜怪鳥の伝説』のような“悪ノリ”企画でも主人公を淡々と勤め上げる職人ぶりには頭が下がる。角川映画では『戦国自衛隊』のメンバーで、クーデターを企てながらそれを伊庭三尉(千葉真一)らに阻止され、ずっと彼と敵対する矢野隼人陸士長役のダークなイメージが印象的だ。観た当時はこの矢野陸士長役に共感がもてなかったが、昨今かの「226事件」を起こした青年将校らの真意が分かるにつれ、彼のキャラも理解できるようになった。『REX 恐竜物語』では『恐竜怪鳥~』以来の“恐竜”との競演を、抜群の“職人”ぶりで演じきっていた。
最近のテレビドラマではすっかり“丸く”なってしまったが、本来、渡瀬恒彦主演で「タクシードライバー」とくれば、むしろデニーロの『Taxi Driver』の様な作品を思い浮かべるはずだし、それこそ、美女を(敢えて)助手席に侍らした渡瀬が、タクシーを暴走させて(当然運転席のドアを吹っ飛ばして)、地獄の果てまで突っ走っていくような光景をイメージしかねない。少なくとも昭和50年代の彼の芸風はそうだったはずだから………でも晩年の人情味溢れる彼もとっても素敵だった………
狭いアパートで別れた妻との間に生まれた娘と談笑する元刑事のタクシードライバーという、往年の彼の活躍(『大激闘マッドポリス'80』あたりまで)を知る者からしたら信じられない設定(少なくとも刑事ではなく犯人役だったはず)を嬉々として演じる姿も、とても好きだったし、しっかりお茶の間にとけ込んで身近に感じられる存在だった。前出の3人で言えば、松方弘樹は“とうとう鞘に収まらなかった錆びた蛮刀”、北大路欣也は“時折刃を光らせても、元々鞘に収まっていた名刀”であるのに対し、渡瀬恒彦は“最初は鞘を持たない蛮刀だったが、やがて鞘を得て収まった”って半生だったのではなかろうか。こんな歴代の役の変遷を見るにつけ、今回の死はさぞかし無念だったろうが、充実した役者人生を全うしたのではないかって思う。むしろ後に残された兄の渡哲也の落胆が心配だ……
素敵な映画の夢を与えてくれて有り難うございました………合掌
この機会に何とか未見の『実録 私設銀座警察』を観賞したいと切に願う。本作に於ける彼は、まさにゾンビのごとき狂気の殺人マシーン・渡会菊夫を演じているらしいから。