神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

ペシミスティックなアンチヒーロー

 今日はCSで『ゴジラ対ヘドラ』を放映していた。本作は昭和30~50年のいわゆる“昭和ゴジラシリーズ”15本の中で、近年まで鑑賞の機会に恵まれなかった作品の一本だ。今となってはDVDで既に持参しているが、こうやって簡単に観賞できる環境が出来上がるなんて、つい少し前のことを考えると“奇跡”のようだ。
 
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 思えば、昭和シリーズのうち、封切り時に劇場で鑑賞できたのは『ゴジラの息子』『怪獣総進撃』、“東宝チャンピオンまつり”のカテゴリーになってからの『オール怪獣大進撃』『ゴジラ対メガロ』『ゴジラ対メカゴジラ』『メカゴジラの逆襲』の6本。“チャンピオンまつり”のリバイバル上映・劇場観賞が『キングコング対ゴジラ』『キングギドラゴジラ怪獣大戦争)』(これは島根県大田市在住時に、わざわざ鳥取県米子市まで連れて行って貰って観賞した)の2本、後TV放映で観た『モスラ対ゴジラ』(『ドラえもん のび太の恐竜』の併映で劇場でも鑑賞)『三大怪獣 地球最大の決戦』『地球攻撃命令  ゴジラガイガン』の2本に、おそらく84年の広島大学学園祭におけるSF研究会主催の上映会が初観賞だったと思う『ゴジラ』、ビデオによってようやく観賞に至った『ゴジラの逆襲』『ゴジラ対ヘドラ』の2本、そして最後に、NHKのBS2でやっと“昭和シリーズ全観賞”を達成した『南海の大決闘』と、それなりに苦労してシリーズ前作を観たことになる。
 
 そんな訳で、遙か小学2年次に既に公開されていた『ゴジラ対ヘドラ』を、その後幾星霜……社会人になってようやく観賞できたのだが………観ていて、本作は「少年期より社会人になって観てよかった」と思えるくらい前衛的な作品だった。
 
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 冒頭のサイケデリック(当時の世相を反映?)な映像の中、主人公が『007』のオープニングさながらのシチュエーションで主題歌を歌うシーンを筆頭に、アニメーションや多重画面を利用した、単純ながらペシミスティック感溢れる映像・展開が、これでもか、というくらい登場人物、ゴジラ、そして観ている者に容赦なく降り注がれていく。現在のように“映画に荒んだ”立場では実にユニークな展開も、封切り当時の年齢でもしみていたならば、かなりの“トラウマ”を抱えさせられる前衛的な作りだったような気がする。
 
 “ヘドロ”という、当時今以上に大問題だった「公害を」をそのまま怪獣にしてしまった「ヘドラ」は、その存在自体がペシミスティックだが、そんなアンチヒーローを、“王道”であるゴジラ映画の世界観で見事に構築した坂野義光監督は、かなりの才能を持った演出者だったと思う。
 
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 そんな坂野氏がプロデューサーで関わった、今年公開のハリウッド版“新”『GODZOILLA』だが、最近になって坂野氏が告訴されている云々のきな臭い記事がネット上を駆け抜けた。出来れば誤報であってほしいのだが……