神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

私の「プロ野球」始まりの日

 もう昨日の話だが、どうも12月26日は、プロ野球誕生の日なんだそうだ。こんな真冬に野球チーム誕生って、意外な感じもするが、まあ、野球に適した季節になって、そこから球団づくりを始めては遅かろうから、そんな理由でこんな時期になったのだろう。

 

 もっともこの記念日って、日本初の野球チーム「大日本東京野球倶楽部」が設立された日の記念日なんだそうで、要は讀賣球団の設立記念日に過ぎない。それも、当初は数社共同出資により誕生した日本テレビが、後に讀賣系になった例とは異なり、この「大日本東京野球倶楽部」は設立の段階で讀賣グループが経営をしていたそうだから、純粋に、ていうか単純に讀賣球団の設立記念日なだけだ。

 

 まあ、こんなことを書いたら身も蓋もないが、それでもこの「大日本東京野球倶楽部」なくして、後のNPBはありえなかったわけだから、それはそれで貢献はしているわけである。

 

 そんなわけで、敢えて自分自身の「プロ野球最初」について思いを馳せると、やはり野球のルールを知って、且つ心の底からプロ野球を観戦したいと渇望してから初めて、旧広島市民球場3塁側内野自由席で亡き父と観戦した、昭和50年8月30日(土)の、広島対阪神戦の思い出となる。

 

 

 当日のタイガースは、中村(勝)・テーラー・藤田・田淵・遠井・桑野・掛布・池辺のライオンナップで、ピッチャーは谷村、一方のカープは当時不動のオーダーだった、大下・三村・ホプキンス・山本(浩)・衣笠・シェーン・水谷・水沼で、先発は母校の先輩・佐伯だった。試合は初回に先制を許したものの、その裏に山本浩二の逆転3ランが飛び出して、結局カープが6-3で勝利を収めた。3塁側での観戦(そこしかチケットが手に入らなかった)故、タイガースファンも多く、おそらくタイガースファンの女性が「広島は田舎臭い」とヤジを飛ばして、それに反応したおそらくjカープファンの男性と言い合いになるという“場外戦”も飛び出した。思えば当時は、讀賣最下位と裏腹に、カープ・ドラゴンズ・タイガースの西日本3球団でペナント争いにしのぎを削っていたシーズンでもあった。

 

 それから幾星霜……それまで全くといっていいほど野球に興味もなかった私が、カープ初優勝フィーバーに引きずられる形でプロ野球に興味を持ち、それから未だにプロ野球、それも贔屓チームの勝敗に一喜一憂を続けるようになるとは思いもよらなかった。映画の方は“実践”中心だが、野球の方は”観戦”する方ばかりだ。でもシーズンが、そしてナイターの時期になると決まって帰宅時にはラジオの中継にかじりつき、自宅では地上波・BS・CSを駆使しての試合観戦、それもセパに関わらず、とにかくながら見でも野球観戦に勤しむ、そんな徹底ぶりがずっと続いている。

 

 そんな意味で、新型コロナウイルス禍に苛まれた今シーズンは本当につらかった。この状況は来年になって一気に解消できるとは全く思っていないけど、いろいろと関係各方面が知恵を出し合って、来年もまたプロ野球で楽しめるようにしていただきたいものだ。

 

 ちなみに、奇しくもこの26日は、件の試合観戦に連れて行ってくれた父の命日でもある。数十年目のこの命日に、図らずも当時の球場での父の姿を、初回の3ランに「まるで絵にかいたようなホームランよのぉ」と興奮気味に語っていた父の言葉を、思い出しながら噛みしめている………