神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

ゴジラ 「核兵器の落とし子」か「無敵の破壊王」か……?

 今日2020年11月3日は、かの”水爆大怪獣映画”『ゴジラ』が封切られて、76年目の日だ。今年は先に核兵器禁止条約がついに批准されたりと、サブタイトルのように水爆をはじめとする核兵器への警鐘を鳴らした本作にとって誠に意義深い一年となったが、残念ながら、私の知る限り、地上波はおろかBS・CSにいたるまで、ゴジラ関連の映画・特集の放映は皆無だった( ノД`)

 

 さて、本作のテーマも空しく、この度の核兵器禁止条約批准を、「核の傘にあるからこそ平和なのに」と鼻で笑う者がこの日本にも数多くいるのは如何ともしがたいところだ。残念ながらそんな輩の中にはゴジラをはじめとする怪獣映画が大好きな、我々のような年齢層の者も多くいることは確かだ。だったらなんで『ゴジラ』の物語の中に潜む反核平和のテーマを推し量ることができないのか、なんて思ってしまうが、実際には、そんなテーマ性以前に、ただ大怪獣が(当時としては)緻密に再現された大都市を破壊する醍醐味にカタルシスを覚えて、ゴジラ他怪獣映画を熱烈支持する人が多いのも事実だ。むしろ、このゴジラ他日本の“カイジュウ”があれだけ世界の注目を浴び続けたのは。そのカタルシスによるものが多い。

 

 かの『フランケンシュタイン対地底怪獣』『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』を東宝と共同制作したベネディクト・プロを率いたヘンリー・G・サパーシュタインは、前期の作品以前に合作した『怪獣大戦争』で、いきなりP-1号がX星に到着するところから物語が始まるように仕向けた。また前期の『フラバラ』では、第二次大戦末期のドイツ戦線でヒトラーの名を受けたナチの将校がリーゼンドルフ博士からフランケンシュタインの心臓を受け取るシーンから、また『サンガイ』では、いきなり大蛸が密輸船の船員を襲うシーンから始まる。これはサーパシュタインが、従来の東宝特撮はやたら重苦しい会議のシーンが多く、これでは海外の観客は退屈で仕方がないと考え、自分の関わった作品では、そんなシーンをすっ飛ばしていきなり物語の本題に入るべきと考えての演出提案だった。実際、『ゴジラ』のアメリカ上映版『怪獣王ゴジラ』にしても、ゴジラの背景に潜む核の脅威や反戦の思いよりも、破壊王としてのゴジラをクローズアップした再編集がなされていた。それはたとえ戦時下とあっても原爆“加害者”であるアメリカならではの“事情”が反映したのかもしれないが、おそらくそのアメリカ版が全世界で上映され好評を博したことを考えると、ゴジラはあくまで“破壊王”で、それ故全世界の支持を受けたのかもしれない。もちろんそれは被爆国そして被爆県に住むものとして忸怩たる思いはあるが、別の点で、そんなテンポよくデストロイとカタルシスに充ちたゴジラ映画もまた悪くはないし、外貨獲得にはそれでもいいのではないかって思う。

 

 

 日本国内では”ワースト”にランキングされることが多い『ゴジラ対メガロ』が、全米では絶大なる人気を誇っている。翻って、日本国内では空前のヒットとなった『シン・ゴジラ』の国外での観客動員が、意外にもさっぱりだったと聞く。ただそれを上記のような事柄を元に考証してみると、やはり内閣を中心に延々会議のシーンが続く『シン・ゴジラ』より、単純明快・勧善懲悪(ルックスからして一目瞭然)な『ゴジラ対メガロ』の方に、世界的視野においては軍配を挙げざるを得ないのかもしれない。勿論個人的には断然『シン・ゴジラ』の方が面白かったけど……

 

 ローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』以降、ゴジラ映画は日本とアメリカとでやじろべぇの如く行ったり来たりしているが、新型コロナ禍の影響で上映時期が未だ不透明な『Kong vs Godzilla』が無事上映された暁には、果たしで日米どちらがその後を継いでゴジラ映画を撮るのか? レジェンダリーはこれから「チャンピオンまつり」化を続けていくのか? 『シン・ゴジラ2』は果たして制作されるのか? 期待は尽きないが、もし日本(東宝)が再びゴジラ映画で世界に打って出るようなことを考えているのならば、反核平和の精神を失わないまま。、それでももっとテンポよく娯楽に特化した、世界でも通用するテンポの、そんな映画にしてほしい。