神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

「ガル」と「リンダ」 ~『ワンダーウーマン』古今東西~

 『ワンダーウーマン1984』の“ぬか喜び”の上映予定日(10月9日)が過ぎて久しい……。「本当だったら、もうここにレビュー書いてるはずなのに……」なんて思うと残念な限りだが、一応12月25日(金)という正式な日程も発表されていることだし、後2か月、心待ちにしておこう(;^_^A

 

 さて、今を遡ること3年前に、前作『ワンダーウーマン』は、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』における“顔見世”を経て、華々しく公開されたのだが、そこで“ワンダーウーマン”ことダイアナ役を務めたのが、ガル・ガドット。幻のテレビ版におけるエイドリアンヌ・バリッキや、ミーガン・フォックス説が飛び交う中、ガル嬢は全くのダークホースだったのにも関わらず、あれよあれよという間に、この役を射止めてしまった。当時は「ガル・ガドットって誰よ?」って思ったが、今や彼女でなければワンダーウーマン役は務まらない、って思うくらい、すっかり“顔”になってしまったよ(;^_^A

 

 彼女の触れ込みは、「ミス・イスラエルにして、過去従軍経験あり」といったところだった。現状におけるイスラエルパレスチナの関係を考えると、「イスラエル軍の女兵士だったのか」なんて素直に驚いたりは出来ないのだが、そんな政治的な話は置いといても、この”美貌””身体能力”の両面における卓越した経歴は、”鉄腕美女”たるワンダーウーマンを演じるのには、この上ないキャリアだといえる。

 

 しかも、一見スレンダーで精悍で、それ故武骨に見えなくもない彼女が、一たびワンダーウーマンのコスチュームに身を包むと、”説得力”と”妖艶さ”の双方を醸し出している点は特質すべきだ。

 

 

 そこでどうしても引き合いに出したいのは、2代目にして、『ワンダーウーマン』のキャラクターを確立したといっていい、TVシリーズ版のリンダ・カーターだ。彼女のポッチャリというかムチムチっとした容姿は、およそ闘う”鉄腕美女”らしくはなかったが、あの露出度満点の衣装(とある回では共演者がその衣装に難色を示し、露出度の低い衣装で演じた回もあったくらい……)に身を包み、時折ドジって“ヒロピン”ぶりまで披露してくれたTVシリーズの「ワンダーウーマン」は、逆に性的対象として、世の男たちのハートを鷲掴みしたことは想像に難くない。別にリンダ嬢に身体能力がなくても、そこは“ムービーマジック”がそれを補ってくれる。そう思うと、彼女の存在は、『スケバン刑事』『セーラー服反逆同盟』といった「虫も殺さないような娘に無理矢理啖呵を切らせアクションさせる」かの“昭和60年代ヒロインアクションドラマ”の系譜に一脈通じるところがある(実際彼女は、最初のオーデション《日本未公開の『Wonder Woman』》では、身体能力に勝るプロのテニス選手キャシーリークロスビーに主役の座を射止められ、落選した経験あり)。

 

 

 このリンダ・カーターの存在があるが故に、「ワンダーウーマン」役は、精悍さよりも“お色気”をどうしても求めてしまうきらいがあった。女子プロレスに例えるならば、神取しのぶやダイナマイト関西の方が説得力があるが、どうしてもキューティ鈴木福岡晶キャンディー奥津(広島出身!)に肩入れしてしまうような感覚だ(;^_^A(;^_^A  しかし、一度は危惧したガル・ガドットも、上記の通り、精悍なるが故の“説得力”と、オリジナル(2代目)に比べて色っぽさはいささか軽減されてより戦闘服の意味合いが強くなったとはいえ、相変わらず露出度の高いコスチュームに身を包んだ時の“極めて健康的なお色気”を上手くブレンドして、「色っぽいけどホントに強そう」という、スーパーヒロインとしては理想の姿を魅せてくれた。そこには「守ってあげたい」か弱さはなく、素晴らしいまでに「完全無欠」な“強い女”像を醸し出してくれている。

 

 まだ『ワンダーウーマン1984』は未見ながら、ガル・ガドットには、身体能力と年齢が許す限り、ずっと「ワンダーウーマン」を演じ続けてほしい、って切に願う。そして件のリンダ・カーターには、カメオ出演でいいから、是非新たなる『ワンダーウーマン』に絡んでほしい。どうも最近制作されたTVドラマ版『スーパーガール』には、何と女性米大統領役で出演しているみたいだし……!