神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

『少女コマンドーいづみ』

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 私が就職3年目の頃に放映されていたヒロインアクションドラマ『少女コマンドーいづみ(IZUMI)』。『スケバン刑事』シリーズの後釜として華々しく登場した典型的な"ヒロインアクション"だ。

 とはいうものの、20年以上も前に放映されて以来、一度も観る機会に恵まれなかったので、今となってはどんな物語だったかもあやふやなのだが、確か、何らかの理由で組織から逃げ出した主人公が、その時得た能力で、組織の怨敵と闘う、といった“仮面ライダー”系のストーリーだったように記憶する。そして彼女の怒りが頂点に達すると、特殊なパワーがみなぎり、敵を粉砕する、といった設定があったような気がする。

 もっとも私の記憶に強く残っているのは、主人公が“学園の戦闘服”セーラーを身にまとい、「スケバン刑事」とは一風変わった戦い方をする点や、徐々に人間性を取り戻していく過程が丁寧に描かれていた点ぐらいだ。主演の五十嵐いづみが結構雰囲気を持った女優で、しかもエンディングで見せる飛びっきりの笑顔と本篇での硬質な表情とのギャップが特に印象に残っていた。

 それまでの東映の“スケバン”モノは、とかくふてぶてしい女がセーラー服を粗末に羽織り、およそ色気などとは無縁の振る舞いをする、正直言って興ざめのするモノばかりだったが、斎藤由貴・南野陽子といった(当時の)清純系のアイドルに無理矢理啖呵を切らせる「スケバン刑事」シリーズ、そしてこの「少女コマンドーいづみ」に至る過程で、まさに世の男たちの憧れていた「可憐でかっこいいヒロイン」像が誕生したような気がする。セーラー服も、着崩すことによって“反体制の象徴”となる役割より、華奢なヒロインを守る文字通り“強化服”の意味合いを帯びるようになった。彼女らの赤いセーラーネクタイ(というらしい)はまさに“仮面ライダー”の赤マフラー。だからこそ赤でなければならなかったのだろう。

 私が過去に撮ったインディーズの映画にもセーラー服は何度か登場したが、それはいつも、登場人物が(回想シーンも含めて)高校生であることを示す、ある種のマークに過ぎなかった。しかし、ここでセーラー服が歴史的に持つ本来の意味(海軍水兵の軍服)を理解した上で、そんな風体のヒロインアクションをそろそろ考える時が来たのかも知れない。そんな映画も撮ってみたいな(笑)