神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

葛城アキの里

 「勤労感謝の日」の今日、本当は我が「勤労」に「感謝」してゆっくりさせてもらいたかったんだけど(;^_^A、家族サービスのドライブで恒例の呉へ。去る21日の土師ダムといい、大体行先は決まっています(;^_^A もっとも娘たちにとっては、行く道中で、BTS・TXTといったK-POPをカーステレオで聴くのが目当てなんで、ワッフル食べたさで尾道に行く以外は、特に行先の希望があるわけではないんですね(;^_^A

 

 まずは音戸まで足を延ばして、音戸大橋へ。今回は第二音戸大橋から、旧の音戸大橋を臨むコースを取りました。思えば、今年中二の娘たちが幼稚園に上る直前の3月に、音戸大橋にドライブした際、こちらの「第二」の方はまだ建設中でした。それを思うと、何とも感慨深いですね(;^_^A

 

 

 

第二音戸大橋より臨む「旧」音戸大橋

 

 その音戸大橋に行く途中、「アレイからすこじま」を通った際、いつになく自衛艦が並んで停泊していたので、帰りにその写真を撮りに行きました。私は反戦主義者ではありますが、自衛隊否定ではありません。また不謹慎ながら、兵器としての自衛艦にも惹かれるところがあります。この日は結構風が強く波も高かったのですが、それでもつい写真を撮ってきました。

 

 

 大型DDH「いせ」(右端)をはじめとする護衛艦と潜水艦の“2ショット”。こういう写真が普通に撮れるのが「アレイからすこじま」です。

 

 この「アレイからすこじま」は、先に書いた娘たちとのドライブのちょうど翌年の3月、『特命探偵☆葛城アキ~郷土の怒りをぶちまけろ~』のロケで2度訪れた場所です。

 

 

 主人公の葛城アキ(綿谷みずき)も元上官の伊吹(俊平)も、設定上は元海上自衛官。当時も停泊する自衛艦をバックに撮影したものでした。

 

 

 『葛城アキ』に関しては、昨今「ヒロインとアイテム」ネタで何度も登場してもらっていますが(;^_^A、思えば2015年の「広島発ヒロインアクションの夕べ」を最後に上映機会に恵まれていません。当方の「ヒロインとブーツ」ネタでもしかしたら興味を持っていただいている方も多いかもしれないので(;^_^A、機会があったら再上映も考えてみたいですね。ちなみにDVD・BDは現在鋭意販売中です(;^_^A

 

 

 

 

「夫婦泣く泣く」

 今日は11月22日。俗にいう「いい夫婦の日」ですが、私事ながら今年は我が夫婦にとって結婚22年目の節目の年でした。しかも奇遇にも結婚した日と同じ曜日でした(^^) 確か結婚式の前夜、広島市の繁華街で暴走族の派手な抗争・取り締まりがあって、その日式に出席するために他県から訪れた友人たちを驚かせた(「広島ってこんな街?」って誤解されてしまった)こともありました。

 

 奇しくも今日、帰りがけに車の走行距離を観たら、何と「22797」! 語呂で言うと「夫婦泣く泣く」です。確かにこの22年間、いろんなことがあり過ぎて、お互い「泣く泣く」の人生を歩んできました。その中には悔し涙もありましたし、心底悲しくて、そして心配で泣いたこともありました。特に10年前の“闘病生活”では………

 

 

 今年に関してはケーキを買ってささやかな”祝い”をしましたが、昨今の新型コロナ禍がもう少し落ち着いたら、もっとイベント性の高い「記念日」を演出してあげたいですね。

 

 

 

秋の安藝路

 今日は個人的に「特別の日」だったんですが、“普通”に家族サービスで県北の土師ダムへ。こちらは例年、春には桜を、そして秋には紅葉を観に行く、ドライブには手頃な距離の観光スポットです(^^)  予想に違わず、山間はすっかり赤や黄色に染まっていて、広島市内でもなかなか拝見できない立派な紅葉がそこにありました。

 

 

 

 

 今年は残暑がひどく長くつつきました(それ故、真夏設定の『YOSHIKOを探せ!!』にとっては功を奏した(;^_^A)が、暦は既に霜月の下旬、秋は、そして冬は、確実に迫ってきています。

 

車のガラスにはこんな“秋”の風物詩も(;^_^A(;^_^A(;^_^A

広島国際映画祭2021

 現在広島市中区基町のNTTクレドホールを中心に「広島国際映画祭」が開催されている。この映画祭には、当方の映画制作でいつも大変お世話になっている(そして先日書いた『海の底からモナムール』にも出演していた)広島フィルムコミッションの西崎智子さんも深く関わっていて、この日は西崎さん司会の舞台挨拶(アフタートーク)もあると知り、参加することにした。まあ、参加といっても、この日上映される『ドライブ・マイカー』を観賞するってことだけどね(;^_^A

 

エレベーターの扉も「広島国際映画祭」仕様(;^_^A

 

 

 思えば、この映画祭に参加するのは、一昨年の『海辺の映画館~キネマの玉手箱~』のワールドプレミア上映で、故大林宣彦監督が来広して以来だ。今回の上映作品『ドライブ・マイ・カー』はその多くが広島で撮影され、しかもベネチア映画祭で数多の賞を受賞した、広島が誇る、そして広島を誇る作品だ。ちなみにこの作品、8月には封切られていたものの、丁度その頃は上映会やら映画制作やらが立て込んで、つい観そびれてしまっていた。だが逆に、それで今回が初観賞になったんだから、まあ不幸中の幸いだったかな(;^_^A

 

 さて、本作は、広島の観光的な風景ではなく、広島市に暮らす我々が普通に生活している街並みが随所に登場する点が興味深かった。「へぇ、いつも買い物に行くときに通る橋を、西島秀俊の運転する車が走ってるじゃないか」なんて感じで。それこそロケ地マップが欲しくなるような映画だった。しかも別に広島でなければならない必然性もなく、悪まで映画世界の構築に必要なピーズがある街だから選ばれたってのも、逆に素敵だった(当初は韓国・釜山で撮る予定が、例の新型コロナ禍の影響で、急遽国内撮影に切り替わったんだそうだ)。開場に来て初めて本作の尺が3時間もあることを知り驚いたが、凡そ40分を超えるアヴァンタイトルといい、登場人物の描写の妙といい、声高にならないまでも力強く且つ気が気でないテーマが秀逸で、インターミッションなしの179分を一気に見切った感じだ。作品レビューに関しては亦の機会に譲るとして、DVDが出たら、もう一度見直したいと強く感じた映画だった。

 

 

 

 上映後は、上記の通り、西崎さんの司会によって、本作の濱口監督と、途中から加わった山本プロデューサーを交え、1時間にわたるアフタートークが展開した。この内容が映画以上に興味深く、まさに「広島で。映画を撮る」者にとっては、一言も聞き漏らすことのできないような「金言」だらけの内容だった。9時半のスタートで、気が付けばもう13時半、あっという間の4時間だった。

 

 このような映画の祭典が、地元で定期的に開催されることに大切さをひしひしと感じさせる一日だったよ(;^_^A

555連続更新御礼m(_ _)m

 おかげさまで拙ブログ「神宮寺真琴のつぶやき~TBossのブログ~」は先日ゾロ目の555連続更新に達しました!”(^^)

 

 

 

 最近は多くの方にも閲覧いただけたり、多くのhatenaスターを頂いたりと、大変ありがたく思っています(^^)

 

 今後もヒロインアクションのみならず、様々なネタでブログを書いていきますので、今後とも何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m

くノ一衣裳の機能性

  映画化された『仮面の忍者赤影』(『赤影REDSHADOW』)には、ボンデージスーツと見紛う、黒づくめのくノ一が搭乗した。元来、当方の作品『ザ争奪戦っ!』もそうだったように、くノ一の衣装といえば「ミニスカ風着物」が主であり、黒子のような男忍者のそれとは異なり、「本当に機能的?」って思ってしまうくらい派手なものが多かった。まあ、「女ねずみ小僧」のような出で立ちだったら、機能的ではあろうが、流石に"華”はない。そう考えると映画的には女性としてのセクシーさを強調する煌びやかな着物の方がしっくりくるのかもしれない。

 

 さて、件の『赤影REDSHADOW』におけるくノ一の衣装だが、一見黒いミニのボディースーツに黒いグローブ、黒いニーハイブーツと見紛ういで立ちで、くノ一のイメージというよりは、どこぞの倶楽部の"女王様”然としているが、意外と忍者映画におけるステレオタイプのクノ一と比べたら、意外にも機能性を感じさせる。また肉体の露出部分が多いのが玉に瑕だが、それでも数多のくノ一の衣装も大して変わらない。ニーハイブーツ風脚絆のヒールがほとんどないのも機能性という意味ではポイントが高い。

 

 

 

 この『赤影REDSHADOW』の元ネタである『仮面の忍者赤影』がそうだったように、同様の『変身忍者嵐』のカスミといい、『快傑ライオン丸』の沙織といい、『世界忍者戦ジライヤ』の柳生麗破といい、特撮ドラマにおけるくノ一はあの典型的な女忍者衣装と一線を画したコスチューム姿を披露しているが、ピンクだったり淡いブルーだったりホワイトだったりと、色遣いにおいても荒唐無稽だった。それだけに、数多のくノ一衣装の中でも『赤影』のこの衣装が、意外にも一番もっともらしいくノ一の衣装だったといえるのかもしれない(;^_^A

カープ V1 古葉竹識監督

 去る11月16日、広島東洋カープファンにとって二つの大きな報道があった。うち、鈴木誠也のポスティングによるメジャーリーグ挑戦は半ば"既成事実”のようになっていたのでそんなに驚くこともない。むしろ、今を遡ること6年前の2015年も、大黒柱のマエケンのポスティング移籍でどうなるか、なんて考えていたのに、その翌年はなんと25年ぶりのリーグ優勝を果たしてしまった(しかも件の2015年は、甲子園での疑惑のジャッジで一勝分を逃し、それが尾を引いてすんでの所でCSを逃したり、その年の優勝がヤクルトだったりと、今年とやけに共通点が多い)。ある種"吉兆”といえなくもない。

 だが“もう一方の報道”は、我々の世代にとっては衝撃的な出来事だった。「セントラルのお荷物」と揶揄されてきた広島カープを、球団創設以来初のリーグ優勝(V1)に導いた、古葉竹識(元)監督の訃報である。1975年のあの熱狂の渦を経験しているだけに、本当に一時代が終わった、という思いが去来する。

 

 

 

 貴重な「c(カープ)」「T(東洋)」「h(広島)」を合わせた野球帽をかぶった、現役時代の古葉氏。


 恥ずかしいくらいミーハーなカープファンで、1975年の夏までろくにルールすら知らないくらい野球に興味が無かった私にとって、古葉氏はあくまで監督としてのイメージしかない。しかも監督でありながら三塁コーチャーに立ち、「青年監督」という呼ばれ方が似合う人だった。野球に興味が無くてもカープが超弱小球団である事くらいはわかっていたので、そのカープが優勝するかもしれない、と思うと、とにかく応援するしかなかった。そしてカープに野球に深くのめり込んでいった。あの10月15日の優勝シーンは今も忘れられない。奇しくも、かつて首位打者を争った長嶋茂雄率いる讀賣が歴史的な低迷で最下位に喘いでいた年に、同じく新人監督(しかも“中途採用”)だった古葉氏が優勝を勝ち取るなんて、まさにドラマのような話だ。

 

古葉氏といえば、どうしても思い浮かぶのは、初優勝胴上げ時のこの写真。

 

 こちらは1976年オープン戦のチケット。こんなにカープファンに広島人に愛されていた。

 

 やがて古葉監督率いる広島東洋カープは黄金期を迎える。古葉氏が監督を務めた頃は、自由獲得からドラフト制に入団制度が変更されてから久しく、且つドラフトの自由枠やFA制度が導入される“前夜”までの期間。そう言うと何やら貧乏田舎球団カープに有利な時期ととられてしまいがちだが、そんなことは決してない、ただ「不利じゃなかった」だけだ。12球団がある程度平等に戦力を整える事が出来た時期でしかない。だからこそ、平等に揃えた戦力を上手に駆使して、黄金期を作った古葉監督の手腕は賞賛に値する。

 古葉監督以降、広島東洋カープを優勝に導いたのは阿南準郎山本浩二緒方孝市の3人のみ、しかも緒方監督以外は各1回の優勝にとどまり、日本一に至っては古葉時代の1979年、1980年、1984年の3回しかない。ルーツ前監督の“遺産”を引き継いだとはいえ、前年最下位で、しかもその中で唯一の光明だった最多勝利投手の金城基泰を交通事故による重傷で欠くという絶望的な戦力の中、優勝までこぎ着け、以後リーグ優勝4回、日本一3回の栄光に輝いた古葉監督は、途中横浜大洋の監督に就任したり、一時期与党に担がれて市長選に出馬したりしたこともあったが、やはりカープの……否広島の英雄であり大恩人である。

 以前、カープ初優勝を検証するドキュメントで、初優勝時の100米道路パレード時に彼らに向かって遺影を掲げるファンのことを回想しながら、思わす涙し言葉に詰まらせた姿が印象的だった。先日の追悼番組で、元”V1戦士”の外木場義朗氏も、「普段は温和な性格でもユニフォームを着ると人が変わったように勝利にこだわる厳しさを見せた」と語っていた。ついでに極めてパーソナルなことを書くならば、氏の次男坊がウチの高校の一年後輩で、その年に高校のPTA副会長に就任したことがPTA広報に掲載されたり、当時カープがウチの高校の野球部のグラウンド(旧市民球場と同じサイズのフィールドだった)を時折練習で使用していたため、1980年の日本シリーズ前に、そのグラウンドから全校生徒に向かって挨拶(謝辞)をしてくれて、その時、吹奏楽部の他の部員とともにコンバットマーチを吹いたこともあった。

 

 氏の栄光とその人柄に思いを馳せ、今はただただ冥福を祈るのみだ。それにしても件のV1から既に46年もの年月が経過していたんだなぁ………合掌

『海の底からモナムール』 仏監督による“広島風ファンタジー”への挑戦状

 横川シネマ!!にて『海の底からモナムール』を観賞。本作は、フランス人監督がセーラー服の女子高生を主人公にオール日本ロケで制作した、との情報は以前から掴んでいたが、その時点では食指が動くまでには至らなかった(セーラー服なのに?(;^_^A)。しかし、横シネで一週間限定で上映されることを知り、それをきっかけにいろいろと詳しく調べているうちに、女子高生の亡霊(精霊?)と、彼女が思いを残した彼氏との切ない恋を描いた作品と知り、「え、これって俗にいう“広島風ファンタジー”なんじゃないか」って思ってしまった。

 

 「広島風ファンタジー」に関しては、今から四半世紀前に開催した上映イベント「イチヱンポッポのチャンピオン祭り」のパンフにBMFの奥一浩監督が寄稿してくれた記事の中でも紹介されているが、「ユーレイ、またはそれに準ずるものが登場して、美少女や好青年と織り成す、リリカルな怪談調ラブストーリー」のことを言うのだそうだ。まあ、多分に地元広島(尾道)出身の故・大林宣彦監督の尾道三部作辺りがきっかけだと思うが、かく言う私も、かつて『いつも見ていたヒロシマ』『瞳』『シューリンクス』『思い出はあしたから』『新人代謝』といった作品で「広島風ファンタジー」風作品を撮ってきた。そんな経験のある私としては、やはりこの『海の底からモナムール』は観ずにおくわけにはいかない作品だった。しかも、この作品はご丁寧にもオール広島ロケで制作されており、まさに「仏監督による“広島風ファンタジー”への挑戦状」とも受け取れる作品だ。本作の惹句である「セーラー服の幽霊には、やり残したことがある」ってのも聞き捨てならない!

 

 そんなわけで、かつて劇場版“広島発ヒロインアクションムービー”ともいえる『サルベージ・マイス』が公開された広島バルト11に行った時のように、勇んで横シネに足を運んだわけだが………実際には、ファンタジーというよりは怪談、それもラフカディオ・ハーン小泉八雲)が描いた『怪談』のようなテイストの作品だった。

 

 

 10年前、度重なる無視と苛め、そして仄かな恋心を成就できなかったことを苦に崖から海に身を投じた女子高生・ミユキは、その満たされない思いから、ずっと17歳のまま、飛び込んだ海の中に漂い続けている。この亡霊と言い切れない設定が、実に秀逸だった。「ただ愛されたい」という彼女の切なる唯一の望みが、徐々に狂気をはらんでいく設定も流石だった。

 

 ミユキの切ない恋を受け止められず、結果、海に身を投げるミユキのその瞬間を目撃してしまった同級生のタクマは、そのトラウマから、高校卒業後、ずっと故郷の島に戻ろうとはしなかった。しかし同郷のマツに誘われるままに、彼女のカオリ、そしてマツの彼女のトモコと共に、10年ぶりに島に舞い戻った。

 

 彼らがキャンプを張った浜は、かつてミユキが身投げした海のほとり。そして前年、かつてミユキを苛めた一人であったリカが謎の溺死を遂げた曰く付きの浜だ。最初は何事もなくキャンプはスタートするが、すぐに彼女のカオリが体調に異常をきたす。そしてタクマは、ついに海岸に10年前のままの、セーラー服姿のミユキの姿を目撃してしまう。

 

 この作品、主人公ともいえる亡霊のミユキの立場で観賞したら、あまりにも切ない設定である。しかし劇中「アスペルガー症候群」と診断されるミユキの内に秘めた狂気・思い込みが徐々にタクマをむしばんでいく過程を観ていくうちに、下手なホラーも真っ青の、心底恐ろしい物語に展開していく。その恐ろしさは『世にも怪奇な物語』の一エピソード「悪魔の首飾り」(フェデリコ・フェリーニ監督)に登場する少女の悪魔のようであり、Jホラーの情念たっぷりの亡霊のようであり、また愛に飢えた切ない生身のJKのようであり、何とも形容しがたい。演じる清水くるみは、かつて『あまちゃん』のオーディションで能年玲奈と最後まで主演の座を争ったくらいのアイドル性を持ちながら、「恋人同士はセックスするみたいだから、あたしとセックスしてもいいよ」なんてセリフをするっと言ってのけて、海中を漂う亡霊役を海中でカメラ目線という不思議な演技を魅せてくれるなど、何とも艶めかしく、今までのファンタジー系亡霊(精霊)にない女子高生の幽霊役を演じている。

 

 奇しくもロケ地は、広島市南部の元宇品。この作品は5年前に既に完成していたそうだが、そうなると、当方がこの地で『電光石火☆八城忍』のロケを何度も敢行した時期に極めて近い。そういえば『八城忍』も主人公がセーラー服姿で、元宇品で大暴れする映画だった(;^_^A

 

 ミユキの「ただ愛されたい」という切なる願いが、いつの間にか呪いの言葉となって、タクマを始めとする登場人物を極限的な不幸に巻き込んでいく。時として切なく、時として悪魔のように恐ろしく、そしてしつこいミユキのセーラー服亡霊ぶりには圧倒されるし、最後、浜辺でついにタクマと抱き合い交わろうとするシーンは、大林監督の『異人たちとの夏』のようであり、またロマンポルノの『セーラー服色情飼育』さえも彷彿させる。雰囲気は近くても、前述の「広島風ファンタジー」とは真逆のベクトルをいく作品のようであり、それでいて、実は「広島風ファンタジー」の旗手たちが、その"ファンタジー”性の中に封印した“本音”の部分を見事具現化した作品のようでもある。この作品を、フランス人の監督がしかも広島の地で撮り上げた意義は大きいと思う。今回サブタイトルに「 仏監督による“広島風ファンタジー”への挑戦状」なんて書いたけど、実際は広島の地でこのような作品を撮ってくれてありがとう、というのが本音だ。我々も新たな方向性を学べたような気がする。

 

 ちなみに、今回パンフレットにも寄稿している、我ら広島インディーズムービーの“母”と言っていいくらいいつもお世話になっている、広島フィルムコミッションの西崎智子さんが、スーパーの店員役で登場しているのは驚いたし、とても嬉しかったな(;^_^A

映画できる日常

 ロケが無事終了した夜に呑むビールは最高である(;^_^A  残念ながら今どきの高いビールにはなかなか手が出ないが、こんな日ぐらいは、いつもトップバリューの500ml110円の「第三のビール」ではなく、メーカー品が呑みたくなる。ましてこの日は作品自体のクランクアップなんだから猶更だ。

 

 

 本来ならば、スタッフキャストを交えて打ち上げでもしたいんだけれど、昨今の新型コロナ禍では思うようにいかない。、先の「広島発ヒロインアクションチャンピオンまつり」の打ち上げも、あんなに全国から集まってくれたのにできなかったし……( ノД`)

 

 いろんな意味で不通に映画できる日常が復活することを祈念して止まない。

『YOSHIKOを探せ!!』ついにクランクアップ!

 先月7日の「広島殺陣フェス2021」で晴れて公開となった最新作『YOSHIKOを探せ!!』。本作はもともとこのイベントに出品を依頼されて制作した作品だったが、企画段階で当初の予定された時間枠に収まりそうになくなってきたので、主催者サイドの了解を取って、アクション性を重視したショートバージョンと、結末を明確にした「完全版」の二種類を撮ることにし、その追加分を、この11月14日に撮影した。

 

 本作のロケは主に8月末~9月中旬の晩夏に撮影を行って、設定も真夏ということで衣装も統一したりしてきたが、最期の追加撮影がこの日まで延びてしまったので、主なロケ地の比治山公園はすっかり紅葉に季節となり、結局自然の風景に左右されない、大河に架かる橋の上で今回のロケを行うことになった。風景同様、キャストの衣装も夏仕様なんで、流石に寒さが募り始めた今の時期にこの恰好をさせるのは、キャストに大変申し訳なかったんだけれど、不幸中の幸いというか、この日は比較的ポカポカ陽気で、それほど寒さを感じずに済んだのはありがたかったよ(;^_^A

 

 ロケの方は、「殺陣フェス」版ではいなかった新たなキャストを登場させ、物語の結末自体が大きく変わるシーンの新撮となった。ここでは特にアクションもなく、穏やかな演技のシーンばかりだったが、それでもほぼ2時間、風の吹きすさぶ橋の上で、通行人の合間を縫っての撮影が続けられた。

 

 

 

 ここでは詳しく書けないけれど、「殺陣フェス」を会場やネット配信でご覧になった方からすれば、あっと驚く展開と結末が用意されているので、一度ご覧になった方にも楽しめる「完全版」となる予定である。

 

 いずれにしても、このロケを持って『YOSHIKOを探せ!!』はついにクランクアップを迎えた。またこの日のロケ分のアフレコも当日行ったので、これで全ての素材は揃った。また「完全版」の公開日程は決まっていないが、出来るだけ早く「ポスプロ作業」を終了したいと考えている(;^_^A